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仙台地方裁判所古川支部 昭和44年(ワ)11号 判決 1970年6月22日

原告

菅原栄子

被告

佐藤一郎

ほか一名

主文

被告宮城建設株式会社こと菅原美智子は、原告に対し、金八八三万六、九六〇円およびこれに対する昭和四三年七月二九日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告の右被告に対するその余の請求および被告佐藤一郎に対する請求を棄却する。

訴訟費用中、原告と被告菅原美智子との間に生じた分はこれを五分しその一を原告の、その余を右被告の、原告と被告佐藤一郎との間に生じた分は原告の、各負担とする。

この判決は、原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。ただし、被告菅原美智子において金三〇〇万円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

事実

第一、当事者の申立て

(原告)

被告両名は連帯して、原告に対し金一、〇〇〇万円およびこれに対する昭和四三年七月二九日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告両名の負担とする。

仮執行宣言。

(被告等)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

仮執行免脱宣言。

第二、請求の原因

(一)  昭和四三年七月二九日午前九時三〇分頃、宮城県栗原郡若柳町字大林中斎前県道上において、被告佐藤一郎運転にかかる被告菅原美智子所有の普通貨物自動車と原告運転の自転車が接触し、これにより原告は転倒し頭部を強打した。

(二)  被告佐藤一郎は、自転車にのつた原告が道路左端におり、かつ他の対向車両もあつたのであるから、停車するか減速するかの措置をとつて原告との接触又は原告が風速や震動で転倒することを防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、時速四〇キロメートルで進行した過失により前記結果を発生せしめた。

(三)  原告は昭和二五年五月二六日生れの心身共に健康な女子であつたが、前記のとおり事故で頭部を強打したため精神障害をきたし、知能が五才の幼児程度となり、日常生活で常に介護を要し、労働能力を完全に喪失し、快ゆの見込はなくなつた。

(四)  原告は事故当時美容師見習として月額八、〇〇〇円の収入を得ていたし、原告の美容師としての能力には欠けるところがなく早晩美容師国家試験に合格することが見込まれていた。ところで、美容師の給与は最低賃金法に基づく業者間協定により月額最低一万二、〇〇〇円であり、通常年に一、〇〇〇円ずつ昇給し、年二回の賞与があり、一生稼働可能である。原告が一九才にして美容師になつたとすると、四〇才迄には少くとも五四四万九、〇〇〇円の収入を得ることになるので、これから年五分の中間利息を控除すれば二七二万四、五〇〇円となり、これが原告の四〇才迄の逸失利益である。

(五)  原告は今後終生他人の介護のもとに生活をしなければならないのでその間介護料の支払を要する。これは一日につき最低一、〇〇〇円であり、原告の余命は五四年であるから、合計一、九七一万円の介護料を支出することになり、これから年五分の中間利息を控除すると五三二万一、七〇〇円となり、これが原告のうけた積極的損害額である。

(六)  原告は若い女子であり乍ら本件事故により快ゆの見込のない精神上の廃疾者となつたのであり、その精神的損害は計りしれないものがあるが、これを金額に見積ると四〇〇万円相当となる。

(七)  以上合計一、二〇四万六、二〇〇円が本件事故により原告の蒙つた損害額であり、被告佐藤一郎は不法行為者として、被告菅原美智子は運行供用者としてこれを賠償する義務があるので、このうち金一、〇〇〇万円とこれに対する事故発生の日から完済に至るまでの民法所定の利率による遅延損害金の支払いを求めるものである。

第三、被告等の答弁と主張

(一)  原告主張の日時、場所において、被告佐藤一郎が被告菅原美智子所有の普通貨物自動車を運転していたことおよび原告が同一日時に同一場所附近を自転車で通行していたことは認めるが、これらが接触して原告が転倒したことは否認する。被告佐藤一郎が原告主張のような注意義務を怠つたとの点も否認する。原告の事故までの心身状態、職業、収入、事故による症状、逸失利益、精神上の損害に関する原告主張事実は知らない。原告が今後一生他人の介護を受けなければならないとして原告が主張する事実は否認する。

(二)  被告佐藤一郎は普通貨物自動車を運転し道路左側を進行中、原告運転の自転車が道路右側(被告佐藤一郎からみて左側)の路肩附近を対向してきたので、道路センターラインに寄つて時速三五キロメートル位の速度ですれ違つたものであつて運転上の過失がないのはもとより、原告運転の自転車に接触したことはない。

原告は自ら転倒したのであつて被告佐藤一郎運転車両はこれについて何らの関係もない。

第四、証拠〔略〕

理由

一、原告主張の日時、場所において、被告佐藤一郎が被告菅原美智子所有の普通貨物自動車を運転していたこと、同一日時に同一場所附近を原告運転の自転車が進行していたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二、〔証拠略〕によると、被告佐藤一郎は普通貨物自動車を運転して道路左側を進行中、自転車に乗つて道路左側端(原告自身からみて道路右側端)を対向してきた原告とすれ違い、その際に原告が道路上に転倒したことが認められる。そして、〔証拠略〕によると、事故直後自転車は道路の中央に向いて倒れ、原告は自転車の進行方向とは反対の方向で自転車の位置から二・五メートル位のところに足を道路中央にななめに向け、頭を路肩の部分にのせて仰向けに倒れていたこと、〔証拠略〕によると右自転車の前部にとりつけてあつた荷かごの左側がゆがんで曲つていたこと、以上の事実が認められ、これを覆すに足る証拠はない。これら事故直後の状況からみると、原告運転の自転車の荷かごの部分と、被告佐藤一郎運転の貨物自動車の左側の部分とが接触し、その衝撃で原告がはねとばされるように転倒したものと認められる。かかる事態に至つた原因についてはさだかでなく、〔証拠略〕によると、原告運転の自転車が進行していたところは道路の端の路肩の部分であつて舗装されていないため砂利があつたこと、原告運転の自転車はかなり危ない(倒れるかよろけ易い)状態で進行していることが一見明白で通常ならばその傍を同一速度ですれ違うことの危険が予測されたこと(被告佐藤一郎本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信できない)が認められるが、一方また被告佐藤一郎において原告主張のように対向車両と原告運転自転車との間を時速四〇キロメートルで漫然と通過したという事実の存在を認めるに足る証拠はなく(かえつて〔証拠略〕によると、被告佐藤一郎は時速三〇キロメートル位で道路中央に寄つて通過したことが認められる)、しかしまた、〔証拠略〕によると被告佐藤一郎は道路中央部分を走行して原告とすれ違つた事実は認められるものの、道路の幅員がいくらであつたか認めるに足る証拠がないため原告と十分の間隔をとつて通過したものとまでは認められず(被告佐藤一郎本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信できない)、結局、被告佐藤一郎について過失があつたとも、また反対に運行について注意を怠らなかつたとも認められない。

(被告佐藤一郎の過失についての原告の主張、立証および被告佐藤一郎運転車両に関する運行上の注意義務遵守又は原告側の過失に関する被告菅原美智子の主張、立証が本件では充分につくされていないのであるが、双方ともほかに主張立証がないとする以上、取調べた証拠に表われている事実に関するもので職権で判断し得る事項に対するものについてはともかく、それ以外のものについてこれ以上更に探究して判断を加えることは妥当でないと考える)

ところで原告が自転車を運転しながら道路の右側通行をしていたことは既述のとおりである。被告等の主張はないが、右事実が被告佐藤一郎の過失に対し影響を及ぼすものであるか、又は原告の過失として被告菅原美智子の賠償責任を免ぜしめるか又は損害賠償額の算定にあたつて斟酌すべき事由となるものかを考えてみよう。

行為者に注意義務違反の事実があつてそれが結果発生の原因となつている場合に過失ありとの評価がなされるものであるところ、原告が自転車で右側通行をしていたのは法規違反の行為ではあるが、前に認定したように道路端の路肩の部分を通行していたのであり(従つて原告においては被告佐藤一郎運転の普通貨物自動車が対向してくるのを認識して衝突を避ける意思のあつたことは推定される)、また〔証拠略〕によると、被告佐藤一郎においても原告運転の自転車が前述のとおりの位置を対向して来るのをその二五メートル位前方に認識していたのであるから、原告のかかる状態における存在は右被告にとつては予期せざるものであつたものとはいえず従つてこれが右被告の過失を免れしめ又は軽減せしめる事由とはならないこととなる。結局原告が自転車に乗つて道路の右側通行していたということそれ自体は本件事故の原因とはなつていないものであるから、原告又は被告佐藤一郎の過失とは何らの関連性も有しないものということができる。

右に述べたように、原告が自転車にのつて道路の右側通行をしていたこと自体は本件では原告の過失とはならないが、原告通行部分には砂利があつたこと、原告がよろけ易い状態で進行していたこと、事故直後、原告が乗つていた自転車が道路中央に向いて倒れていたことは前に認定したとおりであり、更に〔証拠略〕によると路肩の砂利に自転車か入り込んだ様子が見られることが認められるので、被告佐藤一郎運転の自動車とすれ違つたときに原告が砂利に乗り上げてよろけたこと、そしてそれが事故の一因をなしていたこと、を認めることでできる。もとより、原告がよろけ易い状態で運転していることが被告佐藤一郎にも認識し得たのである以上、被告佐藤一郎においてこれを認識してそれに対応する義務があるわけではあるが、原告においても対向する自動車が接近したのにかかる状態のままで進行してはならない注意義務があるというべきであるから、本件事故に関しては原告側にも過失があるものと認められる。

以上のように、被告佐藤一郎について過失の存在を認めることができないから右被告に対し不法行為責任を訴求する原告の請求は理由がないこととなるが、一方、被告等において運行に関し注意を怠らなかつたことも認められないので、被告菅原美智子は原告に対し運行供用者として本件事故により原告の身体に関し生じた損害を賠償する義務があるというべきである。

三、そこで次にその損害額について判断する。

(一)  〔証拠略〕によると、原告は本件事故に逢うまでは標準的な通常の知能を有する女子で美容師見習として勤務し、美容師になるための学科試験にも合格していたこと、〔証拠略〕によると、原告は本件事故のため脳挫傷により知能障害をきたし、知能検査によるとIQ四五、精神年令七才二ケ月で痴愚の段階にあり、精神作業は全くできず、記銘力もほとんどない状態にあり、運動機能についてはある程度回復の見込みはあるが、知能障害については回復の見込がないため終生他人の介護を要すること、以上の事実が認められこれを覆すに足る証拠はない。

(二)  原告が美容師見習として勤務し美容師になるための学科試験に合格していたことは前に認定したとおりであるが、証人鈴木てる子の証言によると、原告は美容師見習として月額八、〇〇〇円の収入を得ていたが、美容師になるための学科試験に合格していたことのほかに実技の面においても美容師になるために充分な実力を有していたことが認められるからおそくとも昭和四四年六月頃、既ち満一九才に達した頃には美容師として稼働し得たものと認められる。そして、右証言と成立に争いのない甲第四号証によると、美容師の給与は最低賃金が一日につき四四〇円であること、毎年月額につき一、〇〇〇円ずつ昇給し賞与が年間を通して一月分位支給されるのが通常であることが認められるので、原告が一九才で月給一万二、〇〇〇円の収入となり、賞与が年間一月分支給され、毎年一、〇〇〇円ずつ昇給し、月給二万五、〇〇〇円で頭打ちになる(この点について原告の主張もなく、証拠上も明らかでないが、経験則上美容師の給与が無限に上昇するとは考えられない)として四〇才まで稼働したとすると、収入額は合計五九六万七、〇〇〇円となるので、これを事故時において一時に請求するため年五分の中間利息を控除してホフマン式の単式方法で計算しても原告の主張額たる二七二万四、五〇〇円以上となることが明らかである。従つてこれをもつて原告の逸失利益とする原告の主張は理由がある。

(三)  原告が終生他人の介護のもとに生活を送らねばならなくなつたことは前に認定したとおりであり、その介護に要する費用は本件事故による損害として被告菅原美智子において賠償の義務を負担しなければならないのであるが、〔証拠略〕によると、家政婦付添料は一二時間につき一、五〇〇円であることが認められるので、原告の事故時の年令が一八才であるため平均余命を五四年として計算すると合計一、九七一万円以上であることが認められ、これを覆すに足る証拠はない。そして右金額から年五分の中間利息を控除すると単式ホフマン式計算法によつても五三二万一、七〇〇円以上となることが明らかである。

(四)  原告は事故時一八才の青春期にあり乍ら本件事故により廃疾者として人生を送ることを余儀なくされたのでその精神的苦痛は多大のものであると認められ、この精神的損害を金銭に見積つた場合、死亡の場合に準じて金三〇〇万円とするをもつて相当と認める。

(五)  以上認定したとおり、原告の損害額は合計一、一〇四万六、二〇〇円となり、被告菅原美智子は原告の損害額を賠償する義務があるのであるが、前に認定したように本件事故については原告の側にも過失があるからこれを斟酌すると、右被告において賠償すべき金額は右損害額の八割である八八三万六、九六〇円とこれに対する本件事故の日からの民法所定の利率による遅延損害金とするをもつて相当であると認められる。

四、以上の理由により、原告の本訴請求中、被告菅原美智子に対する請求は右限度において正当として認容し、その余は失当として棄却し、被告佐藤一郎に対する請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行とその免脱の宣言について同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤清実)

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